ショートショート

ためいき afternoon

2017年02月21日 23:35

 ヒマだな土曜の午後って……。

 なかよしの友達はみんな都合悪いみたいだし。

 あたしはふわふわしたお部屋の空気の中でなにげなくそんなことを考えながらため息をついた。

 こんな時って、〝あの子〟の声が聞きたくなるんだよね。

 とっても仲のいい友達で、一緒にいるだけであたしに〝ふわっ〟っていう幸せをくれる男の子……。

 〝たからもの〟だよね。

 この気持ちって、本なんかじゃ〝恋〟って呼んでるけど。本当にそうなのかっていうとあんまり自信ないや。

 そんなことが頭をよぎったらちょっと苦しい感じのためいきが出た。

 きらいじゃないけどねこの感じ。

 だって、苦しいだけじゃなくて、〝ふわっ〟っていう幸せがあるんだもん。

 カレンダーの日付けはクリスマスまでは早いけれど、今日、学校の帰りに買ったばかりの毛糸でプレゼントつくろうかな。〝あの子〟に。

 ありがちだけど、マフラーとか手袋がいいかな。

 ニュースで言ってたもん。「今年の冬は寒くなる」って。

 何をつくろうか決める前にもうちょっとだけ、〝あの子〟のこと考えてたいな。

 〝ふわっ〟っていう幸せはミルクティーと同じくらいのあたしの大好物だからね。

 なんか、体があったかくなったような気がする。

 どうしてかな?

 そんなことを考えてると、家で飼ってる子猫があたしの部屋に入ってきたのに気づいた。

 この子は半年くらい前に家にやってきたの。向こうはどう思ってるかは知らないけれど、あたしはこの子のことを妹だと思ってる。

 体の小さなシロネコですごくかわいいの。

 子猫があたしのところに来ると、あたしは彼女をそっと抱いた。

 あったかい……。

 窓から入ってくるやわらかいお陽さまの光と子猫の体温が、ね。

 あたしはそっと子猫の頭をなでる。

 すると彼女は気持ちよさそうに目を細める。

 なんか、幸せそうだね。

 ふぅ……。

 今ごろ〝あの子〟、どうしてるのかな。

 〝あの子〟の家でも子猫を飼ってるんだよね。

 〝あの子〟の家の子猫はクロネコさんだったな。

 あたしが白で、あの子が黒。

 『オセロ』ってシェークスピアのお話があったけど、それみたいだね。

 でも、図書委員の先生が悲しいお話だって言ってた。

 あたしはそんな風にならなきゃいいな。

 あ……。

 あたしは急に思い出したことがあって立ち上がった。

 子猫はびっくりして走って行っちゃった。

 ごめんね。

 あたしはそう心の中で謝ると、机の引き出しを開けた。

 すると2枚の映画チケット。

 先月、ママが勤め先の人からもらってきたの。忙しくて行けないからって。

 『オセロ』と同じシェークスピアのお話、『ロミオとジュリエット』のチケットなの。

 ずっと昔につくられたすてきな映画なんだって。

 2枚あるから〝あの子〟と一緒に行きたいな。

 男の子ってこういう映画って好きじゃないかな?

 誘いたいんだけど「イヤ」って言われるのが怖くてできない。

 映画、今月いっぱいなのに。

 あたしのバカ。

 あたしの弱虫。

 ううっ……。

 なんか悲しくなってきた。

 やっぱり、涙、出てくるんだ。

 別に泣くようなことじゃないし、あたしが悪いのに。

 空気の抜けた風船みたいな気分。

 あたし、子供すぎるのかな?

 もっと大人になれたらいいのに……。

 今日はもう心の空気が抜けるのイヤだからプレゼントのこと考えるのよそうかな。

 はぅ……。

 さっきよりもためいきが苦しい気がする。

 横になってお陽さまの光でも浴びてよう。

​​

 1時間くらいたったのかな。

 いつもならお陽さまの光が気持ちよくて寝ちゃうんだけど、今日は〝あの子〟のことが頭を駆けめぐって涙が出てきたりしてぼうっとしてるだけ。

 〝あの子〟のことを考えちゃうのはいつものこと。

 でもね。こんなに苦しいのは初めてなの。

 どうすればいいんだろ、こういう時。

 友達に相談すればいいの?

 ――でも、友達に「〝あの子〟のこと好きなんじゃない?」って聞かれたとき「ちがうよ」って否定してるからできないよ。

 それに、あたしの思ってることってみんなの言ってる「好き」なのかよくわからないし。

 なんだかこういう時って〝あの子〟の声をすごく聞きたいんだよね。

 〝あの子〟のこと考えて苦しくなってるのに。

 しかも、気をそらそうとしてもよけいに〝あの子〟のこと考えちゃう。

 こんな気分って、この間、学校で習った〝矛盾〟って言葉がぴったりだよね。

 それに、ただ「一緒に映画、観に行こう」って言うだけなんだよ?

 考えてみたら〝たったそれだけのこと〟なのに。

 あんまり考えることないのかなぁ……。

 でも、「イヤ」って言われたらイヤだし。

 ひとりで観に行くにもチケット2枚あるし。

 他の友達を誘うのもなんか……。

 やっぱり〝あの子〟と行きたいよ。

 なんかさっきから〝矛盾〟ばっかりだな。

 あたしってバカ?

 ――バカだよね。別にそんな深く考える必要なんてないのに。

 はぁ……。

 家の中が静かすぎてよけいに考えちゃって、苦しいのが大きくなってる気がする。

 お母さん、早く帰ってきてよ。

 なんか静かで怖いよ。

 …………………………………………。

 黙ってたら苦しいし、ひとりであれこれ考えるのバカみたいだから、〝あの子〟に電話かけてみようかな。

 …………………………………………。

 でも怖いな……。

 …………………………………………。

 ――でも、黙ってても何にもならないし……。

 かけてみよう、電話。

 あたしはお母さんにムリ言って部屋に置かせてもらったコードレスフォンを手にとった。

 〝あの子〟の電話番号は短縮ダイアルの〝#5〟に登録してあるの。

 でも、今日は短縮はやめにしよう。

 なんか、『すぐつながっちゃうこと』が怖いから。

 ひとつひとつ、〝あの子〟の電話番号のボタンを押していく。

 その時、息がつまりそうなほどドキドキしてくるの。

 ちょっと手が震えてるかも。

 あ……。

 あたしは思わず電話を受話器に戻した。

 なんだかなぁ……。

 「映画、観に行こう」って誘うだけなのに。

 なんで電話かけるのが怖いんだろ。

 いつも、電話をかけておしゃべりをしたりしても平気なのに、どうして?

 …………………………………………。

 ああっ!もうやめたっ!

 後にしよう。

 とりあえず、落ち着くことが大切かも。

 なんかイライラしてるし。

 もうちょっと横になってようかな。

 お茶でも飲もうかな。

 お散歩でもしてこようかな。

 TVでも観ようかな。

 ラジオでも聴こうかな。

 〝あの子〟が誕生日にくれたトランジスタラジオで。

 去年のことだよね。あたしは『小公女』のビデオをあげたんだ。

 「お互いの好きなもの」をプレゼントしあおうって約束だったから。

 けっきょく〝あの子〟のことかぁ。考えることって。

 まぁ、いいや。

 あたしは机の上からラジオをとってスイッチを入れた。

 この時間って何やってたっけ?

 まぁ、いいや。

 あたしはいつもよく聞く放送局にチューニングをあわせた。

 あ、音楽が聞こえてきた。

 外国の曲みたい。歌詞が英語だ。

 小さな頃にちょっとだけ英会話を習ってたから意味はちょっとだけわかるんだ。

 またやろうかな、英会話。

 今の学校の英語の授業なんかよりずっと楽しかった記憶があるもん。

 〝あの子〟を誘って。

 ……あっ。

 やっぱり〝あの子〟のこと考えちゃうなぁ。

 うーん。やっぱりみんなの言ってる「好き」ってこういうことなのかなぁ?

 いいや、ラジオ聞いてリラックスしてよう。

​​

 しばらくなにげなくラジオを聴いてたけど、今、読まれてるハガキがきっかけであたしは思わずラジオに集中した。

 だって、そのハガキの内容が今のあたしみたいだったから。

 ずっと普通に友達だったけど、その人のことが気になってしょうがなくなったって。

 あたしは一言一言を聞きもらさないようにラジオを耳のそばに持ってくる。

 そして、それを聴いていてDJのお姉さんの言葉、すっごくいいって思った。

 ――どうしてかはよくわからないけど。

 この言葉、あたしだけの宝物にしよう。

 あたしだけの宝物だから誰にもナイショ。

 うん。これでいいよね。

 だって、わかったんだもん。

 『みんなの言っている「好き」の意味はこういうこと』ってことが。

 だからもし今度、「〝あの子〟こと好き?」って聞かれたら言おうかな。

 「うん」って。

 あたしが〝あの子〟のこと「好き」って気持ちってやっぱり〝恋〟って呼ぶんだろうな。

 このことをわかったのは今、しゃべってるDJのお姉さんのおかげだね。

 ありがとうDJのお姉さん。

 今日は、初めて聴くこの番組だけど最後まで聴いてみようかな。

 なんか、〝あの子〟がどうしてラジオをプレゼントしてくれたかわかるような気がする。

 〝あの子〟、ラジオ大好きなんだよね。

 うん。なんかその気持ちわかるな。

 こんなあったかい言葉をくれるDJのお姉さんがいるんだもん。

 こんな人ばっかりってわけじゃないだろうけど、なんかね。

 ラジオでお姉さんのお話が終わると、歌がかかった。

 知らない曲だけど、ゆったりしてて安らぐような気がする。

 流行りの歌とは違う、ちょっとなつかしい感じの歌。

 そう、窓の外から入ってくるやさしいお陽さまの光のような。

 ふわふわしたこのお部屋の空気のような。

 〝あの子〟と一緒にいる時の〝ふわっ〟っていう幸せのような。

 そんなやさしい歌。

 DJのお姉さんがハガキの女の子に「あなたのための曲だよ」って言ってた。あたしと同じような気持ちらしい女の子のためにって。

 歌詞を聴いてると今のあたしの気持ちにそっくり。

 さっき歌ってる人の名前も題名も言わなかったな。

 この前の曲で終わってから言ってたから、この曲もそうなのかな。

 だったらメモして。あとでCDを買いに行こう。

 ありがとうDJのお姉さん。

 本当に感謝、だね。

​​

 あたしはミルクティーを飲みながら窓の外でご近所の景色を少しだけ染めている夕映えをながめていた。

 すごくリラックスした時間。

 ラジオからもゆったりとした音楽ばかり流れてる。

 今、話しているDJのお姉さんの番組、毎週聴くようにしよう。

 でね、あたし、こんなふうにリラックスしてる時間のおかげでわかったんだ。

 あせっちゃダメって。

 映画に誘うのだって、今月はまだ3週間あるんだし。

 ダメならチケットはもったいないけど今度、別の映画にすればいいし。

 〝恋〟ってよくわからないけど、今のなかよしを続ければどうにかなるでしょ。

 たまにはこんな午後もいいよね。

 なんだかあったかいからね。

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