短編小説
共有からの友達:もしくはシェルター
2009年02月23日 23:48
1
平日のこの時間はこんなに空いてるなんて知らなかった。
これがいつもの事なのか、今日だけたまたまなのかは知らない。そもそも、この時間に映画館に来るなんて普段は出来るわけない。
すごく不思議な感じだ。広い映画館に自分しかいないのは、開放的だけど心細い。ライトが暗くなる時にはきっともっと不安なんだと思う。
映画館の上映前特有のソワソワした感じと不安感に浸りきろうとした時に、耳にかすかに邪魔が入った。
足音だ。どうやらもうひとり来たらしい。
この劇場の入り口のある後ろ側に目を向けた。大学生くらいの女の人だ。この映画館で何回か見たことある。
多分、映画が好きなんだろう。平日の昼間にわざわざ名画座に来るなんて、そうじゃないなんて考えられない。
せっかくの開放感を壊されてがっかりした気分と、他に人がいる安心感の入り混じった複雑な心境でその人を時々、視界の端に入れてみる。
別に何かあるわけじゃないのに落ち着かない。
だけど、何者かも分からない先客にじろじろ見られる事は誰だってよくは思わないはず。だから、顔をまっすぐスクリーンに向けている事にした。
真っ白なスクリーン。映画が始まれば黒に見える不思議な壁をぼんやりと眺めてみる。
その時だった。聞き慣れない声が耳に届いた。
「隣、いいかな?」
「どうぞ」
「ありがと」
香水の匂いをかすかに漂わせながら、隣の席に腰掛ける。
六十席だったかな。それだけあるのにどうして隣なんだ? それに席に着いた隣人はこっちをニコニコしながら見てる。
「ねぇ」
凄く親しげな声だった。知らない人に話しかけるような感じのものじゃない。何だろう? そうだ、テレビで見たナンパ師って名乗ってるおかしな人みたいな口調だ。
そういう意図なのか? 困る……。
ふと腕時計を見て少しだけ救いを感じた。それに合わせてこっちは天井を指差した。
ちょうど劇場が暗くなった。映画の始まる合図だ。
女の人はそれに気が付くと姿勢を正してスクリーンに顔を向けた。
助かった。こういうの初めてだけど、正直に困るんだ。
映画は何年か前のアメリカのミュージカル映画だ。貧しい若い芸術家たちを描いた悲しい内容だ。見るのはこれで三度目。この映画の原作の舞台には熱狂的なファンが沢山いるそうだけど、そういうのとは違う。ただ、時々、共感してしまうんだ。だから見てる。
本当はエンドロールの終わりまではいるんだけど、席が沢山あるのにわざわざ隣に陣取った女子大生と思われるストレンジャーに話しかけられるのを避ける為に最後のタイトルマークの直前に席を立った。別に本編は終わってるし、問題もない。
「ね、待って」
その時だった。避けて通りたい一時の隣人、その人に手をつかまれていた。
「よかったらさ、お姉さんとデートしない?」
まさかとは思ったけど、予想通りだ。こういうの逆ナンって言うんだっけ? この場合は逆って言うのか分からないけど。
逃げるにはそれなりに理由が必要。私はため息をついてわざとらしくコートを脱いだ。
自称「お姉さん」こっちを見て口を開けたまま驚いた顔をしている。
そうだろう。この人は私を男だと思ったに違いない。だけど、コートの下に来ているのはブレザーだ。ボタンは左側。合わせているのはリボンとスカート。
「ごめん、あたし……てっきり男の子かと」
慌てて手を引っ込める「お姉さん」。やっぱりそうだ。「男の子かと」思ったのは勘違い、コートの下の服装を見たら分かるはず。
どこからどう見ても女子だ。
結局、その後、どういうわけか「お姉さん」に捕まってしまった。
捕まえた理由は「映画館で見かけたかわいい男の子へのナンパ」から「学校をサボってまで名画座にやって来る『将来有望』な女子高生との交流」に変わったそうだが。
最初、連行された時は面倒な事になったと思って困り果てたけど、映画館近くのファーストフードで食事を取りながら話していると結構、話しやすい人なんだと感じた。
話題は全部映画の事。やっぱりこの人も映画が相当好きらしい。しかも、凄く詳しい。
最初こそ警戒して言葉が少なめだったもののこっちも気が付いたら、いつもよりもはるかに早いテンポで喋っていた。
学校にいたらこんな話なんてできやしない。映画の話だって、せいぜいテレビでやってた、流行っているものくらいだ。
それに退屈さを感じていたし、そもそもこの街に引っ越してきてから何ヶ月か経ったけどそれほど親しい人が出来なかった。
まぁ、それは積極的に誰かと話す事を避けていたっていう事もあるんだけど。
映画館での無言の時間の共有、それとファーストフードでの簡単すぎる食事。どうしてかは分からないけど、いや、きっと珍しく話の合う人に知り合えたせいだろう。ほんの少しの時間しか一緒に過ごしていないのにこの人とはなんだか仲良くなれそうな気がした。
2
何となく、この人になら親から人に言わないように釘を刺されてる私の秘密を話してしまえるかもしれない。
何年経っても今の私に代わってしまった自分に慣れる事ができない。だから、その秘密を誰かと共有できれば楽になれるような気もしたんだ。
だけど、映画館で声をかけて意気投合した事はそうする事が出来るっていう判断には不十分すぎる。
私たちはファーストフードを出てから何となく川沿いの道を散歩していた。映画館を出てからここに来るまで私たちは映画の話しかしてなかった。
春が来る前の冷たい空気を川沿いの風通しのよさで強く感じながら今度はお互いの事を話し始めた。携帯電話のアドレスや番号を交換したりしながら。
最初にお姉さんと名乗った人はマキコさんというんだそうだ。大学生で、今日は週に一度、午前に授業のない日だそうで名画座に足を運ぶのを習慣にしてるらしい。
どうやら向こうもこっちとは友達になれそうだと思ってくれているらしい。
お互いに何者なのかの質問が、同士である事を確認しあったファーストフードでの映画談義並みに進んでいった。
どのくらい歩いたかは分からないけど、途中で大き目の橋に差し掛かった頃に見つけたコンビニで缶コーヒーとフランクフルトを買ってベンチで一休みする事にした。
「今日って、学校、休みだったの? あ、でも制服……」
マキコさんはからかうような口調で言いつつ、私の姿を上から下まで眺めまわした。
「感づいてると思うけど、サボったんだよ」
「やっぱりね」
「それって今日だけ?」
「何で?」
「いや、ちょっと、女子高生が名画座なんて場所にいるなんて変だからさ。その…、学校に行けない事情とかそういうのがあるのかなって思って」
「いきなりずいぶんと突っ込んだ事、言うね」
「君ならそのくらい聞いても大丈夫かなと思って」
マキコさんは空港へ向かう飛行機雲を見ているのか真上を向きながら言う。
「そんなんじゃないよ。たまたまサボっただけ」
「ホントに?」
「うん。まぁ、学校は好きじゃないけどね」
「わかるわかる。あたし、はみ出し物だからさ。アオイちゃんもそんな感じ?」
「そんなところかな。つまらないヤツ、多いし。それにどうも入っていけなくてさ。ほら、女子ってすぐ固まるだろ? あれがどうもダメ」
「あぁ、確かにねぇ」
うんうんと頷いてから、少し間をおいてコーヒーを飲んだ。コンビニでよく見かけるプラスチックのコップに入ったカフェラテだ。それも私の苦手なシナモンの香りつき。
少し言葉が売り切れみたいだ。マキコさんがコーヒーを飲む間を縫ってどうにか話を話を続けようとしたけど、何も話すことが見つからない。
理由は多分二つ。久々に戸惑わず引き下がらずに楽しく誰かと話した私の息切れ。それと、もう一つはマキコさんがかすかに考え込んだようで、少し見えない壁のような雰囲気を感じたからだ。
マキコさんはそんな私が判断に迷って様子を伺っているのに気が付いたのか、こちらを見て小首をかしげて微笑んだ。
「アオイちゃん。ちょっと突っ込んだ事、聞いていいかな?」
「さっきの事より?」
「あ、内容によるけど……」
「そう」
マキコさんは少し迷ったようなしぐさをした後、急に私の事を抱き寄せた。
「!」
私は声にならないような声をあげた。そして、試合相手に羽交い絞めにされたプロレスラーのようにほんの一瞬だけど暴れた。
「おとなしくして……」
マキコさんはやさしく私の耳に囁きかける。だけど、こっちは自分でもおかしいと思うくらい強張っている。
これはまずいんだ。避けなきゃいけない感情が頭の中……いや、もっと別のところで暴れてしまうから。
「顔赤いよ。びっくりしたとか、人との接触慣れてないとかっていうのじゃない」
顔が赤い……。そりゃそうだ。鏡がないから見えないけど、顔が熱い。マキコさんの顔には茹で上がったように真っ赤な顔が映ってるはずだ。
「何すんだよ!?」
「あのさぁ、ちょっと期待しちゃった?」
「な…。何言ってんだよ、俺は!!」
頭の中がゴチャゴチャだ。怒りに任せてマキコさんに怒鳴っていた。
「んー、『俺』……?」
マキコさんは鼻がくっつきそうなほどに顔を近づけながら言う。
そして、マキコさんの言った言葉を聞いてあわてて自分の言った言葉を頭の中で反復して心の底から後悔した。
今、「俺」って言った。まずい、あれだけ言わないように気をつけていたのに!
「やっぱり、そうか。男の子だったんだね。その、生まれとは……いや、体とは違っていてっていうか」
私は……いや、もういいや、俺は頭を抱えた。何やってるんだよ……。
「怒ってるかな……? あのさ、別にからかおうとかそういうつもりじゃなかったんだよ。ただ、ちょっと気になったから。その、珍しく気が合いそうな人だったからせっかくだから変な疑いもって友達やるより、仲良くなる前に知りたかったっていうか――って、もう遅いか」
俺は頭に置いた手をどかしたあと、少し荒い息で前を向きながら目だけマキコさんの方を向けた。
なんとなくベンチに座っているのが落ち着かなくて、立ち上がってよろよろと川とこことを隔てる柵に手をかけた。
このところの貧血のせいか? いや、今のこの歩きづらさはそのせいじゃないと思う。気持ちから来るものだろう。
「ごめんね。あたし、いない方がいいかな。そのごめんね。悪気はなかったの」
マキコさんが立ち上がるのを気配で感じた。そして、元来た方向に歩いていく足音も。
「待って! 行くなよ」
マキコさんは俺がそう言うと「どうしていいのかわからない」とでも顔に書いてるような表情で振り返った。
「いいよ。殴るでも、罵詈雑言でも。あたし、仲良くなろうと勘違いして失礼な事したんだから遠慮しないで――」
「――違う。その、あんたになら話していい気がしたから」
「え……?」
「そのさ、『男だろ?』って言われて『うん』って言えなくもないんだよ」
マキコさんは口元を緩めて頷いた。そして、俺のすぐそばまで来て頬にそっと手を置いた。
「話すけど、あのさ、誰にも言わないでくれるか?」
「言うも何もあたしらの間に共通の知り合いなんていないでしょ」
「そうだな」
今度は力なくお互いに笑いあう。穴の開いた風船から空気が抜けるように。
「今は俺さ、アオイって名前だけど、昔はヨシヒロっていう名前だったんだよ」
「ヨシヒロ……? どういうこと?」
「昔は男だったの。まぁ、今も女ってより女モドキなんだけど」
「えぇっ?」
たった一言二言の内容にマキコさんはどうしようもなく混乱したようだった。きっとそうだろうな。さっきの話を考えると「体は女だけど、心は男」っていうパターンだと思ったんだろう。
「その、逆って事? あ、その……」
「違うよ。正確にはどっちでもないの。男でも女でもない」
「ごめん、それ……」
「そういう体に生まれる人もいるんだよ。俺がその一例」
マキコさんはいきなり聞かされた言葉に理解が出来ずに混乱してるようだった。
そりゃそうだよ。世の中自体は「男と女しかいない」事になっている。俺みたいな例外は知らない人がすごく多いし、それに「どっちでもない」って事が意味不明なのもわからなくもない。
「小学校の頃に分かったんだよ。急に具合が悪くなって病院に運ばれたときにね。でまぁ、いろんな検査を受けさせられて、その仕上げに『お前は女にならなきゃいけない』って」
少し、悪く言った感じが自分でもする。これじゃあ、いきなり言われたみたいだ。
実際には説明は受けたし、先に話を聞いて最適だと判断した両親に説得された結果なんだ。俺もそうするって言った。
けど、それが言いくるめられてというようなものだったのがずっと引っかかってる。だから、そんな言い方になったんだと思う。
「その、それで、ヨシヒロくんはアオイちゃんに?」
「そうだよ。それが小学生で急に女になるのにあんまり女らしい名前なら嫌だろうって、一応、アオイっていうどっちにも使える名前になったんだけどね」
「大変だったんだね……」
マキコさんは凄く声にするのが難しいていう口調でいう。大変なのはマキコさんの方に思えるほど。
「まぁね」
柵にひざを置いて頬杖をついた姿勢になって俺は答える。
「あの時にまわりの大人――医者とかさ、親とかが言ったんだ。嫌なのは最初だけですぐに慣れるって」
「でも無理だった?」
「ものによる。生活の習慣見たいのは結構、慣れた。男の時みたいに適当な格好もしないし、最初は面倒だと思ったトイレもどちらかというと男だった頃の事を忘れたってくらいだし。そういう『どうするか』をあらかじめ考えなくていいものはいいんだ。だけど――」
「――女子特有の人間関係とか? あれは、あたしも苦手だけど」
「それもあるけど、もっと深刻なのがあってさ」
「何?」
これを言うべきか言わない方がいいのか迷った。けど、ここまで話したら言うべきだよな。
「更衣室とかさ、あれがダメだ」
マキコさんはちょっと笑いそうになりながら驚いた。拍子抜けしたとも言うけど。
「あのさ、体は多分、手術とかもまだ途中だから場所によっては、その、変なんだけど、それでも見た目は十分、女に見えると思うんだ。でも、頭の中はもうすでに男として出来上がってたみたいでさ。『治療』を受ける前から」
「それって……」
「キツい。すごくね。みんなは女だと思ってる。でも、俺自身は中身は男。すごく動揺してるのにバレるわけにはいかないし、それに『女になった』以上はダメだから。そう考えたら……」
言いたい事はもっとある。でも、これ以上の言葉は見つからないし、言わなくていい。言葉の間に出来た間から先がつかえるとそう思った。
マキコさんは俺の話をきちんと聞いてくれている。だけど、確実に想定よりも複雑だったり意味不明だったりするんだろう。すごく困ってる。拒否する方向じゃなく、受け入れてくれる方向で。
嬉しい。多分、他の人に話したら避けられるようになる。そして、多分、影で「キモい」っていう卑怯なそれでいて言う人を意味不明から守る嫌な言葉の代名詞になりかねない。だけど、嬉しいからこれ以上、負担になる言葉を続けるべきじゃなかった。
無言が続いた。お互いに目を見ながら。
3
川沿いの静けさに混ざる音が俺たちの耳に届く。運動した時、というよりも満員電車で圧迫された時の様に息が苦しい。圧迫は外側じゃなくて内側。そうだ、緊張だ。
「ねぇ、アオイくん」
ざわざわと耳を包む、ひとつひとつを判別できない音たちの中で強く響いたのマキコさんの声だった。
少し戸惑いがちに言うから呼び方が違う事にはすぐに気が付いた。そして、なぜか小声で「そう呼んでいい?」と言う。俺は声を出し損ねて「ん」しか言わないで頷いた。
「こうやってさ、時間を見つけて遊ぼうよ。もっと色んな映画観たいし。それにいろいろ楽しい事もいっぱいあるし。あたしも友達少ないからさ。ダメ?」
「え、あ、うん?」
「あたしさ、割と人の好き嫌い激しいし、人もあたしの好き嫌い激しいの。だけど、そのせいか仲良くなれそうな人を嗅ぎわけるのは得意でさ。アオイくんはそういう人なんだよね」
急に話が変わった。だから、俺は言ってくれることは嬉しいけど、どうしていいのかわからずポカンとしてる。さっきのマキコさんみたいな状態なんだと思う。いや、重苦しい感じはしないから全く一緒じゃないにしても。
「だからさ、あたしと一緒にいるときは男の子でいたらどうかな?」
「え……?」
「だって、男の子なのに女の子でいろなんてしんどいでしょ? だから、こうやって知ってる人の前ならいいんじゃない? それに、アオイくんって結構、男の子として魅力的だよ」
「そう?」
「そうよ。だからナンパしようとしたんじゃない。かわいい男の子に声かけるのは女の礼儀でしょ?」
逆なら聞いたことあるけどな……。なんだかおかしくなって、でも、大笑いするような事にも思えなくて苦笑した。
「笑う事ないでしょ? まぁ、当面は映画仲間かな? あたしたちいいい友達になれるかもね」
柵に寄りかかってちょっとぶりっ子っぽい顔をして言う。俺も苦笑ってより、なんだか素直に喜べた。こっちに来てからようやく仲良くなれそうな友達に会えたんだから。
そうだよな。俺が変わった以上は向こうにいたって友達を避けなきゃいけなかったから。ようやく離れなくていい友達に会えたって事だよね。
「まぁ、ナンパ失敗って不名誉は回避できたかなぁ」
マキコさんは冗談めかした言い方をする。
「なんだよそれ?」
俺は皮肉っぽく苦笑いをして言う。
「ま、そのうち恋に発展するかもね~、って事」
「まさかぁ」
あるとは思えないよな。男として過ごしたって、男じゃないわけだからさ。
「わかんないよ? まぁ、懸念すべきは一個あるけど、まぁ、どうにかなるでしょ!」
どういう事だ?
まぁ、そうなれば嬉しいかもしれないな、俺は。今、気が付いたけどマキコさんってすごくかわいい。
でも、それは今考えなくていいかもしれない。
「それよりさ、次の日曜に映画なんか観たいな。俺さ、ミニシアター行ってみたいんだけどどっか知らない?」
余計なことを考えるより、普通に仲良くなるのが先。だから、俺は話題を変えた。
さらっと自然に出たけど、自分の事を「俺」って呼べる相手が出来たってたぶん、重要な事なんだと思う。
「ミニシアターって。まぁ、いっぱいあるけど、行った事ないの?」
「前住んでたのわりと田舎だったからね。シネコンが一個有ったくらいだし」
「そうか。まぁ、どうってことないだろうけど、それなら新鮮かもなぁ。特にあそこなら……」
俺はマキコさんが思い浮かべてる新鮮ってのがどんなのか気になって、あれこれ想像してみた。
「まぁ、楽しみにしておいて。さて、この後、どっか行こうか。ちょっと寒いから暖かいとこ!」
そう言ってマキコさんは俺の手をつかんだ。俺はそれに動揺した。女の子と手を繋ぐなんて初めてだから。
そっか、やっぱり俺、男なんだよな。そう考えると楽かも。
「なんかリラックスした感じだね。アオイくんはそうしてた方がいい!」
マキコさんは俺と繋いでた手を離して今度は頭をなでた。
まぁ、少なくとも男でいられる場所はここだって事だよね。男の側から見てこの先、マキコさんが俺にとってどう思えるようになるかは考えると不安だけど。
少なくともここでは無理しなくていいのは嬉しくてしょうがない。
トンネルを出たみたいに、色んなものが明るく見えて、一瞬先も楽しみに思えるような気がした。これは錯覚なんかじゃないといい、本当にそう思った。