ショートショート
今日からの呼び方
2009年03月17日 0:25
「何やってんだ?」
あんまり遅くなると手元が分からなくなるから慌てて自転車のパンク修理をしてたんだ。とは言っても、自分でやるのはこれで二回目なわけで、しかも、前は父さんに教えてもらいながらだったから困ってるとどうしていいか教えてくれた。少し怒り気味で怖かったけど。
ちょうどゴムパッチを恐る恐る貼り付けたところだ。ゴムのりはきちんとくっつくのか不安だ。のりのわりにさらさらしてる気がするから。そんな時にもうずいぶんと聞き慣れた声が聞こえた。
「これ」
顔を上げるなり指をさしてやった。わざわざ挨拶するような間柄なんかじゃないから。
「パンク修理?」
「そうだよ」
「へぇ」
「すごいだろ?」
「全然!」
威張ってやったんだ。こいつはいつも何かしら馬鹿にしてからかってくるからこうやってすごいところを見せてやろうと思ったんだ。なのになんだよ? 「全然!」って! しかも「!」まで付けて!
「だってさ、そんなん俺、小四からやってたぞ。小六になってようやくってのは情けないっていうか……おい、なにすんだよ!?」
なんだか腹が立ったから逆さにしてた自転車を倒してぶつけてやった。
「おまえきらいだ!」
なんかムカついたから言ってやった。こいつが嫌な事言うと必ず言ってやってる。だけど結局丸め込まれてるんだよ。そりゃ、向こうは中学生でこっちは小学生だから適わない事の方が多いってのはわかってるんだけどさ。
こいつはこの先の公園の近くに住んでるんだ。年が違うからクラスは一緒になった事はもちろんないけど、こいつも小学校に通ってた頃はよく休み時間に一緒に遊んだ。元々は公園で一緒に遊ぶようになったんだけど、どこのクラスか分かってからは学校で約束して一緒に遊びに行く事が多くなった。
向こうがお兄さんだからすごくいろんな事知ってて、遊びながらいろんな事を教えてもらったんだけど、時々、さっきみたいに意地悪な事を言うんだ。
それが腹立つんだ。で、たまに「これはムリだろうな」って事を覚えるたびに見せるんだけど、向こうはとっくの昔にそれが出来るようになってて結局馬鹿にされる。
いや、ほめてもらおうなんて思ってないけどさ。その方が嬉しいけど。
「ところでさ」
「あー?」
「お前、入る部活決めたの?」
あいつは倒れた自転車を立て直しながら言った。
「まだ」
そりゃそうだよ。まだ小学校卒業してないんだから。卒業式まで一週間はあるし。
クラスで何人か中学行ったらどの部活に入るって決めてるやつは何人もいて、そんな話はしてたりするけど。でも、実際、どんな部活あるのか全部知ってるわけじゃないし、今別にスポーツとか習い事とかやってるわけじゃないからピンとこないし。
「まぁ、そうだよな。俺も入ってから決めたしなぁ」
「部活何やってんの?」
「バレーだよ。うち、弱いけどなぁ。まぁ、楽しいからいいけど」
「知らなかった」
「そりゃ話してないしな。てか、中学入ってからあんまり遊んでないだろ?」
「だよね」
「お前、何したいの?」
「わかんない。だから困るんだよ。アキラ、別に何もやってないしさぁ」
そう言うといきなり頭をポンポンって叩かれた。
「何だよ?」
「あのさぁ」
何か呆れるように笑ってる。変な事言った覚えなんてないぞ。
「お前、その言い方、中学はいる前に直しておいた方がいいぞ」
「は、何が?」
「自分の事、『アキラ』って名前で呼ぶのだよ。もう、中学生になるんだぞ。さすがに恥ずかしいだろ?」
「そうかな……?」
アキラがそう言うと今度は腕組をしてそれこそマンガに出てくる頑固オヤジが子供に説教するみたいにしてる。
「そうだ。みっともないぞ。いいか、考えてもみろ? 小学校の時は別に私服だったけど、制服があるし、それに一年生は小学生と大差ないけど、三年生なんて大人と変わんないぞ? そんなところでお前が学ラン着て『アキラさぁ』なんて言ってみろ? 変だぞ?」
ちょっと待ってよ、何だよそれ? 目の前にいるこいつが言った事がすごく信じられなく思った。
「本気で言ってんの?」
「当たり前だろ? 変だぞ? だから、俺からすればお前は弟みたいなものだから……」
「おまえ、最低だ!!」
アキラは思いっきり大きな声で言ってやった。自分の耳にもすごく響いてるのがわかる。
信じらんない! 冗談だって言われたら嫌なのに、これは本気で言ってる!
ショックだ。そりゃあ、遊びに行った時と休み時間くらいしかお互いに知らないし、場所は知っててもどっちの家も遊びに行った事ない。友達だけど、実はよく知らないんだ。
でも、そんな風に見てたのがなんていうか、凄く嫌だ。
「なんだよ、いきなり?」
ムッとした感じで言う。
だけど、ムッとしたいのはアキラの方だ。いや、それ以上だ!
「帰れ!」
そう言って、タイヤのチューブにゴムパッチを貼り付ける土台にするのに手に持ってたビール瓶で殴るような仕草をする。
「わかったよ」
あいつはどうしていいのか分からないような顔をして、でも、しっかり怒ってはいる様子でそのまま帰っていった。
その後、アキラはすごい泣いたんだ。だってショックだったから。そして、暗くなったところに帰ってきた父さんに諭されてそのまま家に入った。
でも、アキラはその後も泣き続けたんだ。そして、気が付いたら目を腫らしながら寝てたらしい。
それからは今日まで一度もあいつに会わなかった。
今、冷静に考えれば悪いのはこっちだったのかもしれない。だって、あいつは勘違いっていうか知らないかったんだから。
それに、向こうがどんな風に思うかなんて、仕方ないのかもしれないし。これはあの後、洗面所の鏡で自分を見てみて凄く思った。
だから、時間が欲しかったのもある。母さんにいろいろ教えてもらう事があったから。着るものとか文房具とかそういうの色々、今までと違うのにしないとって思って。
だって、少し考えて見るとすごく悔しかったんだよ。
あ、あと、これはあいつと同じ事を母さんにも注意された。だから、すごく照れくさいけど自分の呼び方を変えてみようと思うんだ。
他の誰に言われてもムカつくだろうけど、あいつだから余計に腹が立つ。だから、思いっきり変わってやろうと思った。
だけど、もう「弟みたいな」って言われたくはないぞ。
でもまずは謝る事、なんだけど。さすがにあいつも怒ってるだろうからまずはそこが先。びっくりさせるのはついででもいいや。
昨日の夜に入学式の後で謝りたいからって電話をかけたんだ。電話でもよかったんだけど、いや、謝りはしたんだけど会ってきちんと謝りたいからって言って呼び出す事にした。
あいつ、なんか「お前変だな」って言ってやっぱりムカついたけど、昨日は怒らないでやった。頑張ったとは思う、自分でも。
とりあえず、二年生の玄関の前で待ってたんだけど、途中に何度か窓に映った自分を見て、格好もそうだけど仕草がすごくわざとらしくて恥ずかしくなったけど、気をつけてないと小学校の頃と変わらなくなる。今日からは中学生だし、それにこれまでと一緒だったら意味がない。
時間より少し早くあいつがやってきた。下駄箱から靴を出して履き替えて外へ出るとこっちが着いたかどうかを確認してるのか右左をキョロキョロ見てる。
「こっち!」
近いのに見つけてもらえないのが何か嫌で声をかけた。いつもなら「おーい!」って言ってたんだろうけど、それはよくない気がする。
「おー……。って、お前!」
あいつは目を見開いてそれこそ、後ろから「わっ!」って言われたみたいに驚いてる。
「きちんと、謝ろうと思って」
「あ、だって。おまっ……」
「何? わたし、どっか変かな?」
ちょっとわざとらしいかな? 昨日、すごい練習したんだよ。これが一応、普通なんだけど、自分の事を「わたし」って呼ぶのすごい照れくさい。変な感じがする。
「いや、その、俺こそゴメン。ずっとお前の事……」
「じゃあ、おあいこだ。わたしも悪かったし」
「あ、そうだな……」
どうやら接し方に困った様子で、変におどおどした感じで言う。あと、今は自然に言えた。よくやったぞ、わたし。
「あとね、言われたとおり『アキラ』って言うのやめてみたよ」
「それは気づいた」
あ、どうしよう。この後、なんて言っていいのかわかんなかも。
そして、間がちょっと続いた後、どっちからかはわかんないけど同じくらいのタイミングで笑ってた。
「俺、お前の事、よく知らなかったんだな……」
「そだね」
なんだかすごく力のない言い方で言う。たしかにそうとうびっくりしたんだと思う。
「あー、でも、そっちがマヌケすぎたんだよ」
そう言うと、いつもなら「お前な」って始まる変な理屈の話が始まるんだけど、今日はなんか「うん」ってすごく素直に言った。
「今日、部活は?」
「ないよ」
「じゃあ、一緒に帰ろうか。ダメ?」
「あー」
なんだか落ち着かなさそうな様子で頷いた。
「ところでさ」
しばらく歩いたところで急に思い出したようにあいつは口を開いた。そこまでの間に時々わたしをちらちら横目で見てたけど、言う事かタイミングを探してたんだと思う。
正直、着慣れてないセーラー服だからあんまり見るのはちょっと勘弁して欲しいんだけど。
「なんかあったら俺に言えよ。中学は小学校と違うから」
「うん」
「一応、お前は『妹みたいなもの』だからな」
あ、言った。この間と同じような事だけど、「みたいなもの」の前が変わってる。
よかった、そう言うって事は二つ、安心できる。
びっくりしてこのまま友達やめられる心配がなくなったって事と、あとは女の子だって見てもらえたって事。
まぁ、ここからが肝心だろうけど、中学生活一歩目はなんとかなったみたいだな。