ショートショート
ローソクってお菓子をもらいに
2008年08月07日 23:40
ローソク出ぁせ 出ぁせぇよぉ 出ぁさぁないと~ かっちゃくぞ~ お~ま~け~にぃ 噛み付くぞぉ!
大好きなコスモスの浴衣。学校から帰ったらママがクロゼットから出しててくれた。
キレイな銀色、桃缶のカンテラ。この間の土曜日のデザートに缶詰の桃をみんなで食べて、その缶でパパが日曜に作ってくれた。
中で灯すろうそくはひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんの仏壇のなんかじゃなくてカラフルなマーブル模様のをねだってみたの。
さぁさぁ、お菓子の為にポシェットをさげたら待ち合わせに出かけましょう。
今日は北の子供の特別な日なんだから。
昨日、同じアパートのおばさんが教えてくれたんだけど、内地にはローソクもらいがないんだって。それで、ちょっとピンときたんだ。四月の始業式と一緒に転校してきたマサユキ君がどうして今日、きょとんとしてたのか。
それなら先生からの注意とかクラスのみんなの相談ごととか、何の事なのか分からないよね。
だから、わたしは今日、ローソクもらいの事を教えてあげて「一緒に行こう」って誘ったんだよ。そうしないと、せっかくの七夕なのにかわいそうだもん。
だから、マサユキ君の家から近い二丁目の「えんぴつ公園」で待ち合わせる事にしたんだ。
去年は他の友達と行ったんだけど、今年はクラスが違うから約束できなかったしね。
わたしは一年ぶりの浴衣でズボンともスカートとも違うから、どうやって歩くのかを一生懸命思い出しながら、小走りでえんぴつ公園の坂を昇っていた。
マサユキ君、わたしがローソクもらいの事を教えてあげると、すごくびっくりしてた。七夕に知らないお家をお菓子をもらいながら歩くなんて、聞いたことないって。外国の「ハロウィン」っていうお祭りに似てるとか言ってた。
映画で見た事あるけど、あんな風にヘンテコな格好なんかしないけどね。
坂を昇り終わって「えんぴつ公園」って呼ばれる理由の鉛筆の形した入り口のポールのところに着くと、マサユキ君がこっちに手を振ってた。
公園には他の子たちもカンテラを持って、わたしとマサユキ君みたいに待ち合わせをしてる。マサユキ君はちょっと落ち着かない様子でそんなみんなを見てる。
「すごいね。なんか、お祭りみたい」
マサユキ君は待ち合わせ場所のジャングルジムの前にわたしが近づくと、珍しいって感じで言った。
「すごいでしょ? じゃあさ、早く行こうよ。みんなに先越されてお菓子取られちゃうよ!」
「って?」
「行ったお家はもうみんなが行った後で用意してたお菓子がなくなっちゃってたりするんだから。だから、早めに行ってお菓子をいっぱいもらうの」
「そっか、なるほど。行こう行こう!」
マサユキ君はわたしの言う事に納得したみたいで、出発するとわたしより早足だった。「ね、ちょっと待って!」
公園の出口のえんぴつのポールの前でわたしは立ち止まった。
「まずは、火つけないと」
「何これ?」
「カンテラだよ。これにろうそくをつけて明かりにするの」
「へぇ。すごぉい」
どうしてか、カンテラに関心するマサユキ君。わたしは慣れた手つきを見せびらかすようにカンテラに立ててあるろうそくにママに箱に一本だけ入れてもらったマッチで火をつけた。
「あと、もう一つ」
カンテラを一生懸命覗き込んでるマサユキ君にわたしはテレビに出てたえらい先生の真似をして人差し指を立てた。
「何?」
「お菓子をもらう時は歌をうたうんだよ」
「どんなの?」
「『ローソク出ぁせ、出ぁせぇよぉ、出ぁさぁないと~、かっちゃくぞ~、お~ま~け~にぃ、噛み付くぞぉ!』って歌」
「それ、うたうの?」
「そうだよ。それじゃ、練習!」
「え、恥ずかしいよ……」
「何言ってんの? そんなんじゃ、お菓子もらえないんだからね!」
「わかったよ。えっと……」
「じゃあ、わたしのまねして歌って」
「うん…」
「じゃ、いくよ」
―ローソク出ぁせ 出ぁせぇよぉ 出ぁさぁないと~ かっちゃくぞ~ お~ま~け~にぃ 噛み付くぞぉ!
わたしがうたうのにちょっと遅れてすごく恥ずかしそうにマサユキ君は合わせてうたった。
「ま、初めてにしては上出来かな。それじゃ、行くよ。お菓子もらう時はしっかり歌ってね!」
「うん……」
マサユキ君は顔を真っ赤にして少し下を向いて言った。
まずは最初のお家。えんぴつ公園の横に建ってる小さな平屋。確か、住んでる人はおじいちゃんとおばあちゃん。あと、犬もいるけど犬ももうおじいちゃんなんだ。
チャイムを鳴らして、ドアが開くとわたしはマサユキ君をひざでつっついて、一緒に歌おうとした。すると、出てきたおばあちゃんは歌い初めでお菓子を出してくれた。
マサユキ君はそれを見ると歌うのをやめて「ありがとうございます!」って手を出したけど、わたしはそれを引き止めた。
「なんでだよ?」
「だぁめ! きちんとうたわなきゃ」
「えぇ!」
「うたうの!」
そんなわたしとマサユキ君をおばあちゃんはニコニコして見てる。
「あらあら、いいのよ」
おばあちゃんはわたしの顔を覗き込んで言う。
「いけません! この子、内地から来て、初めてのローソクもらいなんです。だから、最初が肝心なんです」
「そうね。せっかく来てくれたんだから、お歌を聴きたいわ。あ、そうだ。ねぇ、おじいちゃん!」
おばあちゃんはわたしがそう言うと奥にいるおじいちゃんを呼んだ。おじいちゃんは足が悪いらしくてすごくゆっくり目だったけど、玄関に出てきてくれた。
「小さなお客様が歌を聞かせてくれるそうよ。しかも、こちらの男の子は内地から来て歌うのが初めてですって」
「そうか、そりゃ楽しみだ」
おじいちゃんは玄関に腰掛けてわたしたちをすっごいやわらかい感じの笑顔で見た。
「だって、ほら、うたうよ」
「うん……」
わたしは緊張してマサユキ君をせっついて、「せーの!」って合図してうたい始めた。
―ローソク出ぁせ 出ぁせぇよぉ 出ぁさぁないと~ かっちゃくぞ~ お~ま~け~にぃ 噛み付くぞぉ!
マサユキ君はうたい終わって、「かっちゃくぞ~」って所を忘れてそこだけ何も歌わないで、その後をごまかすように適当にうたった事が恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして下を向いてる。
そんな事をおかまいなしにおじいちゃんとおばあちゃんは盛大に拍手をした。
マサユキ君はそれが恥ずかしいのかすごく赤くなった。
「さぁさぁ、上手にうたえたからごほうびね」
そう言って、おばあちゃんが作ったみたい牛乳パックを編んだかごに入ったチョコレートをいっぱいくれた。それをマサユキ君は手さげ袋に、わたしはポシェットに入れる。
マサユキ君はいっぱいと言っても袋をのぞけばちょびっとなチョコレートを見て何だか感動した様子。
「ありがとうございます!」
マサユキ君は恥ずかしそうに真っ赤になってたのが嘘みたいに、お寿司屋さんの板前さんみたいに元気に言った。
それから、最初のお家で嫌がってたのがうそみたいにいろんなお家でマサユキ君は元気に歌ってた。なんか、それがよかったのか、何件か「元気にうたったから」ってお菓子を多めにサービスしてくれるお家もあった。
わたしもマサユキ君に負けないように出来る限り元気に歌った。明日はふたりとものどがガラガラかも。
いろんなお家で「ローソク出せ~」って歌ってると、お菓子をもらう以外にもいろんなお話が聞けたりした。
たとえば、どうしてお菓子をもらうのに「ローソク出せ」なのかとか。これはえんぴつ公園の西に並んでるアパートの3号棟に住んでるメガネのおじさんが教えてくれたんだけど、昔は本当にローソクだったんだって。そういえば、クリーニング屋さんの工場の近くにあるアパートの太ったおばさんとかローソクも一緒にくれるお家もあったな。
あと、マサユキ君は「かっちゃく」って言葉が分からなかったみたいなんだけど、これは「引っかく」がなまった言葉だって、児童館の隣の大きな家の短大生のお姉さんが教えてくれた。マサユキ君はそれを知って満足そうだったけど、わたしは「かっちゃく」って内地で言わない事にびっくり。
あと、あれ、何件か、わたしたちの歌と違うローソクもらいの歌を教えてくれたお家もあった。実は街によってローソクもらいの歌は色々あるみたい。
――今年 豊年七夕まつり ローソク出ーせー 出ーせーよー 出ーさーねーば かっちゃくぞー おーまーけーに 喰っつくぞ 商売繁昌 出ーせー 出ーせー 出ーせーよー
これは、古くからあるおしゃれな港町の歌だって。似てるけど、商売繁盛ってところがなんかすごいね。お店屋さんの子がうたってたりしたのかな?
そんな感じで、今年の七夕は「内地から来て初めて」のマサユキ君のおかげでいろんな事を教えてもらった。
そんな感じで、いろんな事を知ってへたしたらずっとここに住んでる子よりローソクもらいに詳しくなったマサユキ君はますます満足そうで、夕日が落ちる頃には道を歩きながら「ローソク出せ~」ってうたってたりした。
何もないのにうたって歩くなんてさすがに変だからわたし、「やめなよ」って言ったんだけどやめてくれなくてちょっと困った。
そうやっていろんなお家でお菓子をもらったりお話したりしてるうちに空はすっかり暗くなって、ローソクは短くなって、わたしのポシェットもマサユキ君の手さげ袋もいっぱいになってた。
「そろそろ、帰る時間かなぁ」
「ええっ!?もう……?」
マサユキ君はすごく残念そうに言う。
「うん。だって他の子も見かけなくなったし、暗くなったし、もうご飯食べててメイワクってお家も多いかもしれないよ?」
「なんだぁ。もっとあちこち行きたいのに~! 他の街の歌もうたってみたかったのに~!」
マサユキ君はほっぺたを膨らませて言う。最初はうたうの嫌がってたくせに……。
「じゃあ、特別にもう一軒だけいいよ」
わたしはそう言うと、ちょっと思いついた事があった。まぁ、せっかく覚えたんだからうたいたいよね。
「それじゃあ、目を閉じてローソクの歌をうたってください」
今日、先生が帰りの会でローソクもらいの注意を話す時のまねをしてわたしが言うと、マサユキ君は首をかしげた。
「なんで?」
「なんでも、だよ。さ、歌って」
「うん……」
納得いかないって感じでそう言うとマサユキ君は目を閉じて大きな口を開けて息を吸い込んだ。
――今年 豊年七夕まつり ローソク出ーせー 出ーせーよー 出ーさーねーば かっちゃくぞー おーまーけーに 喰っつくぞ 商売繁昌 出ーせー 出ーせー 出ーせーよー
よっぽどうたいたかったのか、さっき教えてもらったよその街の歌をうたった。
そのマサユキ君の様子を街灯とカンテラの明かりで注意深く見て、ポシェットから一口チョコを一個取った。
よし、今がちょうどいいかな? えいっ!
わたしは一口チョコをマサユキ君の口に投げ込んだ。
「え、あ、あに!?」
マサユキ君は何が起こったのかわからないみたいで、あわてて口をもごもごさせる。
ちょっと危なかったかな? でも、今言った「あに!?」って「何!?」って言いたかったんだよね? ちょっとおかしい。
「甘いでしょ?」
「えっ?」
「えっと、これは、上手にうたえた人のごほうびです」
わたしは両手を後ろで組んで意識してニコニコしながら言う。マサユキ君は口のもごもごをやめて口の中の味を確かめてるみたいで、首をちいさく左右に動かす。
「チョコ?」
「そうだよ。これはわたしからのローソクだよ。これ食べたら帰ろうね」
わたしはそう言って、ポシェットから一口チョコを自分用に出して食べ始める。
一口チョコって名前の通り一口分だからわたしもマサユキ君もすぐに食べ終わった。
「さ、これで今年の七夕はおしまい!」
そう言ってわたしは、カンテラを片手で持ってるからやりづらいけど、パチンって手を叩いた。
「そっか、じゃあ、また来年だね!」
マサユキ君はチョコがおいしくて満足したのか、残念そうな様子もフキゲンそうな様子もなくて、あちこちのお家をまわってた時の元気な顔で言った。
そして、一言二言、お話したあと、わたしたちはお家に帰る事にした。
今いるところからわたしとマサユキ君のお家は反対方向だからここでお別れ。「じゃあね」って言ってわたしたちはお家へ向かった。
なんだか、いつもより楽しい七夕だったな。これは絶対、マサユキ君のおかげだね。
もうすぐ夏休みだからお祭りも盆踊りもプールもあるから、またマサユキ君と遊びたいな。すっかり、忘れてたけど、マサユキ君と遊ぶの初めてだったんだ。クラスで話したことはなんどもあるのに。
ちょっとだけ振り返ってマサユキ君のうしろ姿を見てみた。なんか、夏休みにマサユキ君と遊ぶのがすっごい楽しみになってきた。
そういや、スーパーの近くの新しいお家のおばさんが盆踊りも内地と違うんだって言ってた。それなら、余計に誘わなきゃね。
早く夏休みにならないかな!
参考文献
「ローソクもらい」『ウィキペディア日本語版』。