ショートショート

おめでとうは反則的なたくらみで

2009年01月05日 0:05

 約束をしたからわたしは多くを望まない。

 それを辛いと思ったりはしなかったし、変だと言われることも多いけど、わたしたちはこれが一番だと思ってる。

 わたしたちは小さな頃からずっと友達同士だ。

 だけど、心地よい友情で結ばれてるわたしたちはいつも一緒にいる。それがずっと自然だしこれからもずっと一緒だってなんとなく分かる。

 それはわたしの独りよがりなんかじゃなくて、もちろん彼にとっても一緒。

 わたしには好きな人がいる。それがいつも一緒にいる友達である彼。友情を隠れ蓑にした片思い。

 そして、彼に好きな人がいる事も知ってる。それが誰かも。彼はわたしに片思いをしてる。

 もちろん、不公平なんてそこにはなくて彼もわたしの片思いを知っている。

 お互いに片思いをしながらの友達同士。知っている他の友達はみんな口をそろえて変だって言う。

 確かにそうかもしれない。告白もなく、恋人同士にならない。当然のことだけど、キスもハグも、もちろんセックスだってあったりしない。

 不自然だっていうのは十分すぎるほど分かってる。だけど、わたしたちの気持ちはこんな状態でいるのが自然でいられるんだ。

 別にいつから宣言をしてこうしてるわけじゃない。色んなことを話してお互いの気持ちが把握しながらなんとなくそういう選択をしてきただけ。

 わたしたちはずっとこの先もこうしていくつもり。

 そもそも、友情も恋愛も当事者の極めて個人的な事でしょ? だから、どんな形をとろうと思ったっていいと思うんだ。

 友達としてどんな気負いもなく会って、時々、心の中で「好きだよ」ってつぶやく。たったそれだけ。

 そんな些細な完全に個人的な事で幸せなんだから悪い事じゃないでしょ?

​​

 パーティ。いつもそうなんだけど、わたしはいつもフロアではしゃぎまわる事なんてしないで、端っこのテーブルで頬杖をついて熱気に染まる皆を眺めてる。

 今の照明はちょうど赤。せっかくのチャイナブルーの綺麗な色が台無し。仲のよいDJが出る頃にはここも落ち着いてるはずだからそれまでは我慢していよう。ゆったり目のハウスが待ち遠しい。

「やっぱり」

 彼は音と音の間を突いて苦笑いをしながら言った。

 ストローで氷とバーテンに無理言って入れてもらったさくらんぼをもてあそびながら確実に友達ばかりのこのパーティで一番親しい相手の方を見る。

「まぁ、朝までだって言ってるのにあそこまではしゃぐのは懸命じゃないけどね。賢い賢い」

 そう言って、友達はわたしの隣に座る。

「でしょ? まぁ、どのタイミングでもはしゃぐ気なんて思わないけどね。そっちは調子どう?」

「まぁまぁかな。懸念すべきはカウントダウンを忘れないか」

「それは嫌だね。気がついたら新年なんて最悪。仮にも『行く年来る年』ってパーティの名前に入れてるんだよ」

 テーブルの上に放置されたあまったフライヤーの一枚を手にとって見せる。

「そういや、そのフライヤー見た事無いな」

「そりゃ、わたしが誘ったからね。いいんじゃない?」

 そう言って、悪酔いするからよくないのは分かってるけど、わたしはストローで控えめにカクテルを飲み始めた。

 そんなわたしを見て、彼は「俺もなんか欲しいな」って言って、バーカウンターに向かう。「席を取っておいて」って一言を加えて。

 わたしは息を吐いたけど、ちょっと苦しい感じがした。結構、子供っぽい感じがする行動なんだよね、こういうとき。

 でも、そこがすごくかわいいな。そういうところが好き。

 油断したらそわそわしちゃうけど、好きな人の前だよ? 当たり前じゃない。

 でも、少しわたしは馬鹿なことを考えた。

 恋愛モードで彼を見てる最中に余計なノイズが目に飛び込んできたからだ。

 こんな狭い店のパーティで暗いからって抱き合ったりキスしたりするもんじゃない。こういう場所は空間に酔うべきだって思うんだ。

 けど、そこにいつも付けない余計なおまけを感想に付けてしまった事が問題なんだと思う。

 少ないけど今まで付き合った事のある男の子とキスしたときの感触を思い出してしまった。

 さらに最悪なのはそのキスの感触の記憶を今、カウンターでメニューにむやみに長い時間張り付いてる友達の存在を日も付けてしまった事。

 わたしたちは友達だよ? キスは友達の間ですることじゃない。

 でも、好きな人とだから一度くらい望んだって……。

 だけど、そんな事をしたらわたしたちは友達じゃいられなくなってしまう。

「遅いって。迷いすぎだよ」

 彼が戻ってきてまた隣に座る。わたしはここから見えるカウンターでの様子をからかってみせる。

「カルーアミルクかカシスミルクかは結構、重要な問題なんだよ」

「なにそれ? で、カシスミルク?」

「そう」

 わたしたちの会話の邪魔をするように曲が止まった。うまく曲を終わらせたっていうより無理やり切ったみたいに。ダメだよミスDJ、ここでヘマしちゃ。

 これはカウントダウンが始まる合図だ。

 わたしはちょっとしたたくらみを思いついた。海外ドラマで見た事があるんだ。新年に変わった瞬間にするってやつ。

「ね。こっち向いて」

 カウントダウンの声がいっせいにこのバーの中から聞こえる。わたしも口パクだけど一緒に数える。

 「ゼロ!」

 「おめでとう!」

 このふたつの言葉に合わせてわたしは一瞬で終わるほど短くキスをした。

 彼は当惑してこっちを見てる。わたしは「してやったり」っていう顔をしてやる。

「こういう時くらい例外があってもいいと思うんだ」

 そう言ってわたしはテーブルの下で彼と手をつないで寄り添ってみる。

「たまには言わせてよ。――好きだよ。だぁい好き!」

 自分でも言ってて照れくさい。しかもぎこちなく「くすくす」笑っててすごく間抜けだと思う。

「いきなり……」

「友達でしょ? 隠し事はなし!」

「あのさ……」

 なんか、すごく幸せな気分だな。たまにはこういう風に羽目をはずすのはいいかもね。

 友達から関係を変える事なんてないけどさ。

「俺、今の初めてだったんだけど……」

「知ってるよ」

 ふてくされた顔で彼はわたしを見る。まぁ、君もわたしを好きなんだから悪い気なんてしてないんでしょ? わたしは思いっきりそんな態度をとってやった。

 ただ、あんまり続けるとよくないから今始まった新年一曲目が終わったら片思い同士、友達同士に戻るつもり。

 それと、この後は曲しだいでフロアに行って踊ってやろうかな。新年だから気分を変えたっていいかもって気がちょっとだけしたんだ。

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